子育て いじめ 不登校 ひきこもり 暴力 アルコール 薬物依存 拒食 過食症 リストカットなどの予防、解決を考える会。北海道内観療法懇話会 臨床内観療法研究会
 
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  子育て・いじめ・不登校・ひきこもり・暴力・アルコール・薬物依存・拒食・過食症・リストカットなどが社会問題となっています。これらの予防・解決に内観法、内観療法が有効であると考え、その予防・解決について考えます。

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『今、子どもの心に起こっていること』
北大保健管理センター非常勤講師
臨床心理士
市川 啓子

『今、子どもの心に起こっていること』 
 不登校やいじめは、心理学の上では不適応の状態を指します。不適応には3つあります。一つは、反抗や攻撃として表れ、反社会的行動と言われます。もう一つは引きこもりで、非社会的行動をみせます。不登校はこの中に入ります。じっと自分の世界に引きこもり、外部との接触を拒否します。もう一つの表れは、心身症で自分のからだに内在化します。腹痛として表れたり、頭痛として表れたりします。その他大人の場合、神経症と診断されることもあります。

 私たちは、表面に表れた行動を問題にし、その行動がなくなることを願いますが、不適応は心の葛藤の表れなのですから、葛藤の根本となっている要因を取り除くなど、改善しなければ、表面に表れた不適応の状態はなくなりません。葛藤から生じる感情としては、不安や不満、緊張、憎悪、怒り、劣等感などがあります。こうした葛藤は心の悩みとなります。

 本人が、その悩みを言葉に表すことができれば、その悩みを他人と分かち合うことができ、解決に向かうことができます。

 しかし、現在の子どもの特徴は、心の葛藤が「悩む」という状態をくぐらずストレートに行動化するところにあります。従って、何の予兆もなく、突然表れた行動に驚き、対応できないうちに問題が大きくなってしまうことがあるのです。悩むことはとても大切なことと言えます。悩んでいる姿を読み取ることが大切でもあります。

 不安や不満、緊張、憎悪、怒り、劣等感など心の葛藤の原因が本人の側にある事があります。本人の身体的あるいは知的な問題や病気や気質などがあげられます。また、環境の側に原因がある場合もあります。例えば家庭や学校、友人などです。この本人の側の要因と環境の側の要因は相互に関係しあって、性格や行動傾向をかたちづくります。

 子供たちを伸ばすためには、達成感、充実感、成就感をもたせることが大切です。これらは、「ようし、もっとやろう」という次の行動を生み出す源泉です。ところが現在、一層進んでいる核家族化は、子どもの葛藤を処理するうえでその方策が少なくなっているのです。特に核家族化と少子化の進行は、それに拍車をかける結果になっています。

 子供がどんどん成長していくことを発達といいますが、それは、人間としての自立の道です。その途中に親としてかかわることを養育といいます。核家族化と少子化は養育に偏りを生んでいます。

 親の養育態度には幾つかの類型があります。その一つに過保護があります。直ぐに親が子供の発達を奪ってしまいます。また、それに似ている過干渉というのは、親が子供の頭になって、あれこれ口出しをしてしまいます。その結果、子供は大切な自己決定能力が奪われ、自発的行動ができなくなります。さらに放任があります。放任とは単に子供に躾けを施さないというだけでなく、子供の生活時間を無視することも放任です。夜、遅くまで子供とともにテレビを見たり、ゲームを一緒にしたりというのは、必要な睡眠を奪ったり、生活習慣を形成しない点で放任です。一層、深刻なのは虐待です。親の心理的葛藤が子どもに向かって捌け口を求め、精神的、肉体的に子供をさいなむことになります。

 核家族化と少子化は養育に偏りを生んでいます。結婚して夫婦になるということは、それぞれの育った背景にある価値観がぶつかり合い、そこに新たな価値観がその家庭のルールとして確立します。祖父母や叔父叔母などがいない夫婦の場合、二人で新たな価値観を形成していけばよいのです。しかし、企業社会に夫が巻き込まれ、家庭の教育に父親としての機能を発揮できなくなったり、疲れのために、その意欲を失ってしまったり、つきあいのためと称してのがれている場合もあります。その場合、夫婦の間で価値観のぶつかりあいや葛藤を経た新たなルールができなく、母親側の価値観で一面的に子供が育てられることになります。こうした状態の悪影響を「母原病」といったりしました。

 こうして母親側の価値観やルールで育てられた子どもに父親がさしはさんだり、修正しようとしてもすでにそれは家庭内のルールとして子供に定着してしまい、修正が不可能になってしまうのです。その上、父親不在や父親の養育放棄の場合は父親と母親の両親による養育機能不全の状態になります。これは両親がそろっていなければいけないということをいっているのではありません。

 また、今日、親子の境目がなくなる現象がみられます。姉妹のような親子といわれて、気分をよくしているわけではないでしょうが、特徴としては親が子に従うことによって、境目がなくなっているのです。こうしたところでは、母親のルールで育った子が母親を従えてしまうので、ルール不在の子供になってしまいます。気がついた時には、もう親の手に負えない子ができてしまうというわけです。

 様々な要因で、自立に向かう発達が損なわれた子供にとって遊びは人間関係の基礎を学ぶ宝庫です。そこでは、我慢を学んだり、優越感を味わったり、優しさや悔しさを体験しながら育つ世界があります。ところが、今日、子供の遊びの世界も変わっています。機械と遊ぶ、機械で遊ぶことがそれです。機械で遊ぶ場合は、常に自分が中心で、どんなに傷ついても痛みはなく、どれほど命の危機があっても現実感はありません。ところが、子供の世界の遊びには機械のなかにない対人不安があります。その葛藤の中から、悩み育つもがあるのです。機械との遊びの世界には他者を思いやる心は育ちません。少子化は兄弟間で否応なく身につけた我慢やゆずりあい、思いやり、かばいあい、助け合い、いさかいなど心の葛藤を生み出す機会が生まれようがなくなっています。

 このような育ち方をした子供たちが集まる学校という社会は、非常な不安に満ちた世界でもあり、また、大いに人間性を学ぶ場所でもあります。そのような目で、子供を見てあげてください。子供の行動の背後にある心の葛藤の原因に思いをいたして下さい。





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