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断酒継続と内観(おやの背中)
札幌ことに断酒会
三橋 勝正

断酒継続と内観(おやの背中) 
 今回も「断酒継続と内観」の話です。酒を止めるだけでなく、止め続けるためにはどうしても日常内観が必要です。私がここでいう日常内観とは酒害者やその家族が自助グループに参加し、自分の言葉で、自分の体験を掘り起こし、それを語り続けるという意味です。

 アルコールや薬物、ギャンブル等、かつてその人の目的にかなっていた習慣が、自分の意志でコントロールできなくなり、悪い結果がでてもとめられない。こうした嗜癖行動を伴う依存症という病気については、発生の原因も、回復への過程もほぼ解明され、個人差はあるものの、理論的にはそう難しいことではなくなった。しかし現状では理屈どおりに回復し、精神的、身体的、社会的に適応できるまでに成長することはかなり困難な状態にあります。何故か、それは否認と偏見です。

 私の活動母体である札幌連合断酒会の場合でも、その実態は、
1、一応断酒するものの、止め続けることができない群、
2、入退院をくり返して病院依存になっている群、
3、断酒継続はできているが、性格の改善がなく生甲斐の喪失、考え方や行動がドライドランク状態で社会適応が不十分な群、
4、断酒が継続され、精神、身体、社会的に健康になり社会に適応している群
の4群に分けられる。

 上記の1〜3群に属する人達の断酒に対する心構えを分析してみると、「自助グループ」としての断酒会の機能や、例会に出席して回復のエネルギーとなる体験談の意味、しかも語る内容がどんなものでなければいけないかが理解されていない場合が多い。

 私たち酒害者と家族は。こうした依存を伴う病気から回復し、精神的成長を図る手段として自助グループに出席し体験を語り合います。そこでは酒や、薬物等が原因で家族や社会に対してどんなことをしたかという行動、すなわち「身業、口業、意業」の行為を語ることです。

 業とは善悪を含めて人間が身体と、口と心で行う行為のことです。

 例会で体験を語るということは、酒を飲んで身体で、口で、意(こころ)で行ったこの悪行を語ることなんです。でもこれはとてもカッコ悪くて都合の悪い話です。具合が悪いから病気を認めようとしない否認の心理がはたらきます。もう一つの否認の要因はこの病気に対する偏見です。世間一般では「アル中」と呼ばれ、人格上の欠陥者、あるいは意志薄弱者と見られており、病識のない当人は勿論、家族もこの偏見に促らわれて回復にブレーキをかけております。この否認と偏見を克服するためには、外来、入院を問わず、札幌太田病院で行っている、内観法や、交流分析、各種の作業等を用いた十段階心理療法が有効です。

 昭和60年3月17日、私が入院中に外出して飲酒した日です。サラ金整理のため市役所をやめて退職金を返済に充てる。不足分は家を売却する、など決断をせまられている時でした。飲んで帰院した私を待っていたのは反省室です。退屈な時間を過ごしているうちに亡くなった父母の姿が浮かんできました。

 津軽の貧乏な農家で何を生甲斐に生きていたのか、それまで馬鹿にしていた父母の言葉が鮮明によみがえった。「この世にむだなものはひとつもない」また念を押すように何度も語った母の9番と10番の話、「まいた種は苅れ、まかぬ種は生いぬ」と口ぐせのように言ってくれた親父の言葉、反省室で私は自分の未熟さに気付きました。年よりのたわ言と思っていた父母の話は、愛と生きるための勇気の必要さを教えてくれていたのだ、末っ子で未熟な私の将来を案じ、自分の体験を語りながら態度で示してくれたのだ。

 親の生き方を忘れ酒まみれになっていた自分のおろかさに気付き、おもいっきり泣いた。私は自分流の内観をしたのです。

 「まいた種は苅れ」といってくれた親父の言葉が支えになって、私なりに構築した30年の蓄積を、サラ金整理に充てる決心ができたと思う。再出発の道のりも容易ではなかった。クリーニングの会社だったが、社長が「三橋さんは地下鉄の方を回ってくれ」というんです。私にとって一番行きたくないところなんです。「三橋のヤツ、アル中になって、奥さんがサラ金でカマド返して」と笑われ、馬鹿にされるんです。何で俺がこんな目に、なさけなくて。口惜しくて。つらい毎日だった。こんなとき、「無駄なものはひとつもない」といっていた母の言葉が支えになった。私の断酒に対する心構えの土台は地下鉄を回った4年間の仕事を通して育ったと思う。それは、
1、階段を上降することで足腰が丈夫になった。
2、カッコ悪いことに耐えることで我慢強くなった。
3、恥ずかしい、都合の悪いことにも立ち向かう勇気が育った。
 こうした体験のお陰で私は、否認と偏見から解放された。毎週行われる断酒会の例会は日常内観の場です。太田先生の助言で札幌ことに断酒会に、内観法をとり入れた例会を続けて6年経った。

 メンバーが相互の共感と信頼が高まり、深い自己洞察がみられるようになった。私も家族に対する償いの気持ちを育てることができた。

 アル中の父と、母親のサラ金地獄という機能不全家庭で育った子供達が、非行に走らずよく頑張ってくれたと思っていた。しかしよく観察して見ると、「信じない、話さない、愛さない」といったACの特徴を身につけているのです。子供は親から言葉や、ものの考え方、他者に対する態度など、模倣や取り入れという形で身につけます。子供たちの成長期に酒にとらわれていた私は、つらいこと、苦しいことに立ち向かう勇気がなかった。人が生きるために必要な愛と自立の姿を子供たちに見せてやれなかった。私は悩みました。そこで内観を通して気付いた親の行為を日常生活のなかで実践し、子供たちに接するように務めました。12年前私の酒害で失った家族の信頼関係が。断酒の継続と。日常内観による性格の改善によって確実に回復の方向へ向かっている。私は親の生きざまに内観して生きる意味を見つけることができた。子供たちが実存的空虚にならないよう、親としての背を子供達に示せるような償いの行為を続けたい。





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