内観療法・家族療法により自殺企図が消失した一例

 

医療法人耕仁会札幌太田病院A2病棟

〇駒沢こずえ 小田島早苗 小林順子 太田秀造

 

1.はじめに

自殺企図を繰り返した20代女性に、病棟内・内観療法、家族内観療法を実施した。

母子関係が修復され、希死念慮が消失し15日間で退院可能となった経緯を報告する。

 

2.症例紹介

 Y子、女性、20代後半、医療職員。診断名:精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード。父母、Y子、妹の4人家族。現在は母との2人暮らし。幼少期から父母の暴力、暴言などの虐待を受けた。X-5年に父母離婚。10代中頃からダイエットを契機に過食・嘔吐が日常化し、A精神科で神経性無食欲症と診断された。X-2年、精神不安から多量服薬し、B精神科で入院治療を受けた。一時は精神症状が軽減したが、職場の異動、同僚・恋人との対人関係にストレスが生じると、再び過食、嘔吐、多量服薬を繰り返した。X年に交際相手とのトラブルから、希死念慮が出現。多量服薬、手首自傷行為みられ救急病院に入院した。職員とのトラブルにより3日間で退院。その後、入院先の病院の薬物盗癖が見られ、母の強い希望で当院を受診し医療保護入院となった。

 

3.治療経過

第1期(導入期):入院に抵抗を示し、大声で叫び暴れる等の興奮が強く、精神保健指定医の診察のもと隔離・身体拘束を開始。一時、興奮状態が沈静したため、同日中に拘束を解除したが、首をつろうとする行為あり、再び身体拘束を開始した。記憶回想療法を導入したが、母についてのテーマは拒否した。本人の了解を得て、2日目から身体(手、足)へのテーマに変更した。看護・介護を通して、受容的傾聴を続けたところ、手に対するテーマでは「過食し、吐くために手を使った。リストカットや多量服薬、自分で薬を注射するために手を使った。今、抑制されて手を使えない不便さと、看護職員に日常生活を手伝ってもらうことで、手のありがたさがわかった」など多くの気づきが表出された。4日目、身体拘束解除し、「母に対する自分」のテーマで内観療法を継続。「小学時、母からの暴言に傷ついたこと、妹と差別されたこと、中学時、母から痣のできるほど殴られたこと」など、母への恨み、辛みを語った。Y子の感情を傾聴しつつ「母にして欲しかったこと」も調べることを勧めた。「父に対する自分」のテーマでも、「父の母に対する暴力が怖かった。父母に離婚して欲しくなかった」など心的外傷体験を告白した。

第2期(自己受容期):入院5日目、「母から暴力受け辛い思いをしたが、それ以上にしてもらったことがあった。母の愛情に気づいた。今まで恨み辛みが大きく占めていたが、感謝の気持ちで一杯になった」と話し、母との関係の修復意欲が見られた。多職種で検討し、保護室からの一時開放を行った。

第3期(自己開示から自己確立期):内観終了後、母と家族内観を実施。Y子は「内観により、母への気持ちを充分に吐き出せた。してもらったことが多かった」と伝えた。母は「Y子には厳しくした。妹と差別したわけではないが、接し方が違っていたのは申し訳なかった」と詫び、母子関係の改善を認めた。また、Y子は「自分の力だけで生きていると思っていたが、周りから生かされていることに気づいた。今まで手を傷つけ周りに迷惑をかけたが、今後は絶対にしない。自分は変わらないと思っていたが、変わりたいと思った」と目標を語った。入院11日目、隔離解除となり学習会(集団療法)、作業療法に積極的に参加する一方、看護師による日常内観を継続した。他院処方の内服薬(5種)は全て中止可能となり、入院15日間で退院した。現在、退院から約2年経過したが、一人暮らしをしながら医療現場で働き、経過は良好である。

 

4.考察

Y子は、両親の不仲、父母からの虐待などにより、慢性的な不安、空虚感を呈し、感情の抑制が困難となり、衝動的に自殺企図を繰り返した。早期の身体(手)への回想療法導入により、まず自己受容を認めた。母への恨み、辛みを語る浄化作業が自己開示を可能とし、家族内観による母子関係修復が、自己理解、他者理解を可能にしたと考えられる。希死念慮、自殺企図が消失し、目標を持つまでに改善した。以上の経験から、本事例においては、病棟内内観療法と家族内観療法の併用により、短期間で良好な結果を得た治療と考えられる。