いじめられ体験によるリストカット、多量服薬からの回復

 

A.B.(30代女性、心的外傷後行為障害、ひきこもり、うつなど)

 

 4歳の時、家庭の事情により、大都会から田舎町に引っ越しました。保育園に通ったものの、言葉遣いに馴染めず、最初のいじめに遭いました。結局保育園は途中で辞めました。

 小学校入学後、田舎町のため、保育園のメンバーがそのまま変わらず同級生となり、いじめはまた始まりました。次第にエスカレートし、無視されたり、教科書、ノートなどをゴミ箱に捨てられたり、毎日のようにトイレの個室に閉じ込められ罵声を浴びました。小学校3年時、生きているのが辛くなり、はじめてのリストカットをしました。流れる血を見つめ、悲しみや怒り、様々な感情が溢れ出てきたのを、今でも覚えています。「自分が死ぬことで、いじめた人達に仕返しをしてやる」、そんな思いでした。いじめは、高校2年まで続きました。

 家庭・学校で辛いことがある度、手首、腕、太ももなどを切りつけました。人と話すことは出来ず、思いを伝えることも出来ず、生きている感覚さえ失っている状態でした。身体を刃物で傷つけ、流れる血を見ることで、どうにもならない溜まった感情を解放し、自分が生きている安堵感を得ていました。

 成人以降はそれでも気がすまず、クリニックで処方された安定剤を瓶に貯めました。アルコールと一緒に何十錠もまとめて飲み、意識の薄れる中、刃物で体中を切りました。その頃、「この世から消えたい。皆から忘れられたい」の思いがある一方、周りの人を悲しませたくない気持ちもありました。

 そんな時、インターネットで札幌太田病院を知り、「内観療法」を知りました。9歳から日記を書き続けていたので、1週間自分を振り返る作業に素直に入れました。

 してもらったこと、して返したこと、迷惑・心配かけたこと、の3点を年代別に調べ、リストカット、多量服薬などにより10回以上救急車で運ばれ、その度に母が駆けつけてくれたことを心から反省しました。今までたくさんの人に迷惑をかけましたが、それでも母、友人から愛されている自分に気が付きました。そして、「親より先に死んではいけない」と思いました。

 今ではリストカット、多量服薬は消失し、毎日を過ごしています。デイケアのプログラムに参加し、自分の思っていることを相手に伝えること、自分から人に積極的に話し掛けるなどの練習をしています。社会復帰へ向けたプログラムでは、責任者を務めさせて頂き、少しづつではありますが、就労のスキルを身に付けています。

 一度は生きることを諦めましたが「内観療法」に出会い、正しく自分を見つめ直し、新しい自分を発見し、前向きに生きる決意を持つことが出来ました。自分と同じような症状で苦しんでいる人に少しでも役立ちたいと思い、将来NPOを立ち上げたいと考えています。

 心と身体の傷は完全に消えることはないと思いますが、それを生きる糧として、日常内観、デイケアプログラムの中で日々の反省を継続し、今後の与えられた人生を、より豊かに生きていきたいです。